Day2 草加宿-越ヶ谷宿-粕壁宿-杉戸宿-幸手宿 35.3km
始発の電車に乗るために、5時前に家を出る。千代田線で寝過ごして戻ったので、前回終了の草加駅に着いたのは予定より遅く、7時を過ぎていた。草加宿であった場所は駅よりも少し北なので、今日が本当の草加宿歩き。しかし、古い建物はほとんど残っていない。有名な草加せんべいは相当売れているのか、今も何軒ものせんべい屋がある。そんな中で目立っていたのはこの店というか、この巨大せんべい。
草加宿で唯一江戸期の建物といえそうなのが、この久野家(大津屋)住宅である。家伝によれば安政2年(1855)の大地震に耐えたそうである。無料開放しており、中が見学できる施設だが、朝早すぎて開いていなかった。
草加宿を出て、松並木の道が始まるところにあったのが、この望楼。ここも9時からは中には入れるそうだが、まだ7時半。解説板を読むと"常に見張りを置いてまちなかの火事発生の発見に務めるための施設でした"とある。しかし、それなら東海道の宿場町にあっても良さそうなものだが、こんなのはなかった。だいたい、火事の見張りなら宿場の端に作るだろうか。街道を歩く人を見張る施設にしか見えない・・・。昔の塔の再現ではなく、思いつきで建てた新しいモニュメントのような雰囲気がそこはかとなく漂っている
江戸時代、草加宿から北の街道は「草加松原」と呼ばれ親しまれてきたそうで、明治10年の記録でも800本の松があったという。それが昭和40年頃には60数本にまで減少していたが、その後の植樹や保護などの活動で、現在は600本の松があるという。ほとんどの松がまだ若く、さほどの見応えはないが、将来は見事な並木がよみがえるに違いない。
JR武蔵野線を越え、しばらく進むと、道は旧道に入り、越ヶ谷宿となる。ここも古い建物はほとんどないが、1軒だけしか目に付かなかった草加に比べると数軒古い建物があり、それがまだ商店として使われているのが嬉しい。
越ヶ谷宿で旧道となってから、しばらくは旧道を進むので歩きやすかった。春日部市に入る寸前に国道4号線に合流。国道沿いにはそれまで目につかなかったレストランが多いこともあり、空腹感を感じ始めた。まだ10時だが、朝食は4時台だったのでまあいいだろうと早めの昼食を取る。
粕壁宿は江戸から4番目の宿場で、多くの旅人は初日にここまで歩いたという。場所は現在の春日部駅近く、読みは同じなのに何故漢字を変えたのだろう。ここも古い建物が少ないが、ポツポツとはある。
粕壁宿を出ると川を渡る。大落古利根川(おおとしふるとねがわ)の名の通り、これが本来の利根川である。利根川は、もともと江戸に向かって流れていた川、江戸を水害から守るために流路を付け替えたのは江戸初期のことなのだ。
江戸から5番目の宿が杉戸宿。最寄り駅は東武動物公園で、大落古利根川の対岸にある。鉄道が無いためか、ここまでの宿よりも若干古い建物が多い気はするが、解説板とかがなく、何時の時代の建物かはよく分からない。
幸手駅の手前に明治天皇行在(あんざい)所跡があった。明治14年、明治天皇が東北から北海道に巡行した際の休憩所跡ということである。
できれば次の栗橋宿まで歩きたいというのが本日の予定だった。時間も午後3時台だし、まださほどの疲れは感じていない。しかし、去年痛めた足の爪がまた痛んできており、それをかばったためかマメが出来かけている感覚がある。無理することもないので、本日はここまで。駅でビールを飲み、家路に着いた。
本日の距離 35.3km
日光街道の合計距離 21.1km + 35.3km = 56.4km
本日の出費 交通2324円 + 飲食1157円 = 3481円