Day9 熊本-味取新町-山鹿 31km
**
地図**
静かな公園の駐車場は道の駅よりもぐっすり眠れた。しかし、朝は5時半頃から人が集まりだし、6時前からグラウンドで少年野球の練習が始まった。
朝食をとり、6時半に公園を出て、熊本に戻る。昨日のコンビニから歩き始めたのは7時10分。大きな熊本の城下町とあってこの辺りから街道沿いには色々あったようだが、案内だけで何も残っていない。

白川を渡って唐人町通りに入ると古い伝統家屋が残っている。

坪井川に架かる明八橋も趣きある石橋だ。ここまでにいくつか見てきた石橋よりは新しく、明治8年に架設されたもので、橋の名は明治8年からきている。

さらに少し進むと 明治7年創業で文豪・森鴎外らも訪れた老舗書店「長崎次郎書店」だった建物が残っている。今は改装され、ギャラリーや喫茶室として使われている。

8時前に熊本城到着。正門に当たる「新町一丁目御門」は現在清爽園として整備されている。高札場があったのもここで、肥後国=熊本県内の薩摩街道起点となるのが、ここ。里木の距離はここからの距離となっている。

清爽園から熊本城内に進む。熊本城は唯一場内を街道が通る城として知られている。場内のどの道が街道筋なのか分からなかったので適当に進んだら、進んでいた道が街道であるという看板があり、ホッとする。地図を見て歩くつもりだった道は切通し下の車道でこれを進まなくてよかった。

天守閣方面は工事中。この二の丸広場を街道が通っていたそうだが、ここからはどこかよく分からず。

肥後国内では熊本城から北は薩摩街道と呼ばず、豊前街道と呼ぶ。案内板の表示もすべて豊前街道だ。
熊本城から7キロほど進んだ場所にある「御馬下の角小屋」は江戸時代後期の建物で、参勤交代の時に城を出て最初の休憩に使われた場所。

二里木跡に着いたのが10時20分。色々見ながらなので仕方はないが、3時間以上かかるとは思わなかった。昨日よりもさらに暑く、気温はすでに30度を超えている。

11時20分、道沿いのマクドナルドで妻と待ち合わせして昼食をとる。道沿いの店だと車でピックアップしてもらって、さらに送ってもらうという手間がないのでありがたい。充電をしていたこともあり、今日も昼食休みは1時間以上とってしまった。
午後の道は国道から離れ、歩きやすい道となる。しかし、街道歩きのための看板が少なく、分岐があると地図を正確にチェックせねばならない場所がままあった。

先ほどの分岐の先は、急な下り坂で、道があっているのか不安になる。しかし、古い石垣が続き、街道らしいと確信する。

住宅地に出たところが、味取新町宿という宿場町があった場所。しかし、通り過ぎてから地図をチェックし気が付いたもので、歩いているときにはその存在に気が付かず、写真もなし。新しい住宅があるだけで看板もないと分からない・・・。
コンクリート舗装の下り坂の道が豊前街道。交差している道は自転車道だ。

豊田川の辺りでは全く日影がなく、本当に暑かった。しかも、水がなくなり、喉がカラカラ。

九州自動車道を超えるところに四里木跡。その先には一本榎跡。この辺りはブドウやスイカが作られている。

良い休み場所もなく、暑さに参ってきた。水分補給をしないとまずそうになって来たので、妻に電話でSOS。車で来てもらい、日陰で休憩。お茶がうまい~~~。

乙貝坂の辺りは、昔の道が残っており、楽しく歩くことができた。

五里木跡には榎の大木があったが、昭和20年代に枯れてしまったのだそう。

菊池川の向こうに本日の目的地山鹿温泉が見えてきた。初日、二日目と続けて朝考えていた目的地の手前で終わっていただけに、今日は無事着いてうれしい限りだ。

山鹿温泉の町並みは景観を崩す建物を規制しているそうで、非常に趣きある建物が続いている。

17時半、本日のゴール山鹿温泉さくら湯に到着する。外には飲用温泉があり、喉が渇いていたこともあり、まずはゴクゴク。本日は31キロだった。

1640年の肥後細川藩の山鹿御茶屋にその歴史の端を発するさくら湯だが、1973年に再開発のビル建設のために取り壊されてしまった。そして、2012年、日本の伝統工法による九州最大級の木造温泉として往時の姿のまま再建され、今に至っている。
pH9.6の強アルカリ性単純温泉で、トロトロの湯は本当に気持ちよく、肌はつるつるになった。
温泉の後は、近くの道の駅に移動し、夕食。ここまで予定通り来れたので、最後まで大丈夫そうだということで、今日は酒を解禁。熊本と言えば球磨焼酎。おいしい米焼酎だ。そして馬肉、中でも馬刺し! 今日は歩いている間に何軒も馬肉専門店を見ていたので、是非食べたかったところだ。食べたことのない馬のもつ煮にも挑戦する。

すべてがおいしく、残ると思っていた焼酎も飲み切って、気持ちよく就寝。