徒歩旅

Day2 鶴見-神奈川宿-保土ヶ谷宿-戸塚宿-原宿 26.6km

 梅雨前の良い季節に出来るだけ歩いておきたいが、なかなか時間が取れずに1週間開いてしまった。旧東海道を歩く旅の2日目を鶴見から再開する。
 まずは前回疲れて通り過ぎてしまった鶴見神社。横浜最古の神社で、その創建は推古天皇の御代(約1400年前)と伝えられている。
鶴見神社
 鶴見神社が江戸期の鶴見間宿の入口、間宿は「あいのしゅく」と読み、宿場と宿場の間にある非正規の宿場で、旅人の宿泊は原則禁止のお休み処の街を指す。本日の終着予定の原宿も宿の字が着くが、間宿であって宿場ではない。旧東海道が京急をくぐり、国道15号(第一京浜)を交差すると生麦魚河岸通りとなる。名前の通り、魚屋が点在している。早朝だが、魚屋なので活気があり、うまそうな魚介類が並んでいる。
生麦魚河岸通り
 調子が良かったので少しペースを上げたら、いきなり右足の先に鋭い痛み。まともに歩ける状態ではなくなり、神社の隅に座り込む。普段運動不足なんだから無茶をするんじゃなかったと悔やむが、しばらくマッサージをしていると幸いなことに痛みが引いてきた。「蛇も蚊も」という祭りで有名な神社らしく、その御利益か。今回の痛みを警告と肝に銘じ、今後は速度を落として歩くことにする。運動不足解消が徒歩旅の重要ファクターなのにケガをしていたら意味がない。
道念稲荷神社
 キリンビールの前から旧東海道は幅の広ーい国道15号に合流してしまう。あまり古いものは残っていない区間でもあり、少しテンションは落ちる。そのまま進んでゆくと神奈川宿に入る。東神奈川駅にほど近い神奈川小学校の角に、神奈川宿の絵図があった。今いる場所は海からかなり離れているが、江戸期の神奈川宿は海岸沿いであり、現在の横浜は海の底なのだ。
神奈川小学校にある神奈川宿絵図
 京急神奈川駅近くで国道から離れほっとする。京急とJRを越え、横浜駅が近くなると日本橋を出て初めて坂らしい坂となる。いよいよ海から離れるのだなと思うが、江戸期の絵を見るとここの坂もまだ海岸沿いだ。
袖ヶ浦
 県道13号と交差する宮谷小学校交差点でミス。道を間違えてしまったのだ。道なりに行けば良いと思っていたが、旧東海道は路地に見えた方だった。おかげで1.5kmも余計に歩いてしまった。国道16号を越えたところに保土ヶ谷宿の入口となる江戸見附跡がある。JRの保土ヶ谷駅を過ぎたあたりに金沢横町道標四基がある。先日自転車で行った称名寺のある金沢から昨年電車で行って歩いた浦賀へと続く道の分岐である。身近な地名で家が近づきた実感があり、元気が出てきた。
金沢横町道標
 少し国道1号線と合流するが、この辺りは宿場内で見るものも多く、楽しく歩ける。保土ヶ谷宿を出ると権太坂が始まる。今度こそ本格的な山越え、ここから藤沢まではアップダウンの連続となる。最初の坂道を登りきると武蔵相模の国境である境木立場跡。ようやくここで武蔵の国が終了し、2ヶ国目である相模の国となるのだ。
境木立場跡
 相模に入って最初の焼餅坂を下ったらすぐにまた上り。ここにあるのが品濃一里塚、今もうっそうとした森になっており、神奈川県内で唯一完全な形で残っている一里塚だそう。
品濃一里塚
 ここから戸塚までは基本下り坂、しかも旧道で交通量も少なく歩きやすい。国道1号線と合流し、しばらく歩くとかっぱ寿司、平日88円ののぼりに誘われ、入る。前回は昼にはばてて食欲を失っていたが、今日は元気で結構食べてしまった。でも本日はすでに知っている場所でゴールも近いので余裕。
 歩きを再開してすぐに戸塚宿である。戸塚駅北の駐輪場に朝停めた自転車に乗って旧東海道である国道1号に戻り、そこから自転車を押して歩く。自転車でいつも通り過ぎる本陣跡や地蔵さんの写真など撮り歩くのも、また楽し。
戸塚宿澤邊本陣跡
 再び海岸に出る前の最後の難所である大坂を登りきると本日のゴール原宿が見えてくる。原宿からは、自転車に乗り、帰宅。
本日の距離 27.7km
合計の距離 27.1km + 27.7km = 54.8km
本日の出費 交通290円 + 飲食552円 = 842円
合計の出費 1328円 + 842円 = 2170円

*さらに靴がボロボロ、長距離歩くなら買わなきゃ持たない。どうせ買うなら早めに。
*地図はiPhoneだけでOK、しかしGPSが欲しい。