Day3 厚東駅-どんだけ道-山中-小郡-佐野峠-宮市-防府駅 38km
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地図**
山陽道の3日目は、雨天のために予定より一日遅れてスタートとなった。前回終わった厚東駅を9時10分頃に出発する。ここまで徐々に家に近くなっているのでスタート時間がだんだん早まっている。厚東駅から少し前回の道を戻り、橋を渡ったところで国道2号線を右折する。民家の脇を抜けて進むとどんだけ道入り口だ。以前は山に埋もれ通れなくなっていた古道だが、地元の人々の尽力によって今は通れるようになっている。大和朝廷の整備した山陽道の頃からここが山陽道として整備された。江戸時代には武士や役人だけがここの通行を許され、庶民は厚東川沿いの脇道を通行していた。そのためにこの道は殿さまだけが通る道といわれ、殿だけ道となり、それがなまってどんだけ道と称されるようになったのだという。明治になって山陽道が国道2号として整備される折に、厚東川沿いの脇道が整備されたため、どんだけ道を通る人はいなくなり、いつしか通行不能になっていたのだそう。
山裾の林を抜けたところに旧一里塚跡がある。
水田を横切って車道を横断するとまた登り坂が始まる。
ここからが新しく通れるようにした道だが、非常に水はけが悪い。ドロ道の難所として近年の山陽道歩きの人には知られる場所なのだ。雨天だった昨日の予定を延期したのもこの難所があったから。一晩たって晴れているのだが、道はドロドロで歩くのは大変であった。
峠を越え、車道とぶつかる神社から先も旧道が少し続いているが、地図では途中で切れているし、歩いた人の記録をいくつか見ても進めた人はいなかった。
迷ったが、雰囲気的に行けそうだと思って地図では切れている旧道を進む。歩く人もいない行き止まり道だからか、道にゴミが散乱し、ゴミ捨て場のようになっている。
地図では進路を妨げていた民家がなくなっており、あっさりと抜けることができた。出口にはしっかりとここから旧山陽道との道しるべも建てられている。西に進む人ならば私のように躊躇することもなく、新たに復活した旧道を進めると思われる。
ここから先は旧道が残る部分は少なく、国道2号をほぼ進むことになる。
本日最初の宿場である山中宿の辺りは、国道が街中を避けているので旧道をのんびりと歩ける。古い建物もポツポツと残っておりほっとする。
山中宿にある熊野神社は珍しいツルマンリョウの自生地として知られている。ここまで良い休む場所もなかったので、この石段の下で休憩。
休んだら元気が出たので、石段を登ってツルマンリョウを見に行った。しかし、看板が上にはなく、どれがツルマンリョウなのか良く分からない。境内には何本ものマンリョウがあったが、どう見てもそれは我が家に生えているマンリョウと変わらない。奥に葉が良く似ているが、ひょろっとした木を見つけ一応写真に収めたが、これがツルマンリョウなのかは分からない。
山中宿を過ぎ、再び国道2号と合流する。そして旧道に入りまた国道というのを繰り返していると峠に着く。そこが長門の国と周防の国の国境である。ここから2か国目の周防国だ。
国道2号線が車専用道路となる嘉川ジャンクションを越えると嘉川の町となり、山陽道はのんびりした旧道となる。嘉川の旧家の2階部分には写真のような模様が施されていることが多い。長門国にいる間には見かけていない様式で、この先どこまで見られるのか興味がわく。
小郡宿に入ったところで、旧道を道路工事で阻まれた。回り道で行った国道沿いに食事処が並んでいたので、旧道に戻らず、食事をとることにする。ところが、3連休中日の昼食時とあってどこも満席で行列ができている。何軒かのぞいたが諦めて、結局コンビニに入る。ところがコンビニも弁当が売切れ。2軒行ったが2軒とも弁当が売切れで、昼食はお握りとなってしまった。
時間をロスしただけで、旧道からも随分と離れてしまった。元の地点に戻るると時間的に先が苦しくなるので、結局小郡の中心部は見ずに終わる。萩道との分岐で再び旧山陽道に合流する。
すぐにJR山口線を横切る。踏切からすぐに周防下郷駅が見えた。この駅が自宅から一番近い駅である。ここまでの3日とも、ここを通過するときに山陽道だなと確認していた場所にようやくの到着である。
国道に合流するまではのんびりした旧道を楽しむ。壊れかけた古い家などもあり、少し寂しい気分にもなる。
旧道の傍らに平べったい石がたっていた。建石と呼ばれているが、いつ、誰が、何のために建てたのかは定かではない。1742年の書物に往古よりここに建てられているとの記述があるということなので、それより古いことは確かなようだ。
鳥居の浮かぶ長沢池。ここから旧道は南にぐるっと大回りをしている。なぜこのような不思議なルートだったのかと思っていたが、この池は17世紀半ばに作られた用水池だというので納得をした。今の国道とほぼ同じまっすぐな山陽道があったのに、そこを沈めて後から池を作ったので道が池の南岸を回っていたのだ。現在はまっすぐな国道より南は埋め立てられているので、余計に旧道が不自然に見えていたのだ。
今日のコースは最初と最後にグーグルマップにはない山道があり、時間が読めなかったが、なんとか計画通りに最後の難所である佐野峠に到達した。こちらは朝のどんだけ道と違って、歩きやすい道で助かった。ただ景色が良いとあったのに期待が大きすぎたのか、景色は今一歩に思った。
峠を越えたところに駕籠立場跡があり、ここには下に見える山陽自動車道のサービスエリアからの道が伸びていた。
下り道ではもう影が長く、のんびりしていたら終電に待ち合わないので、ザクザクと進んでいった。
佐波川を渡れば防府の中心である宮市宿まではすぐである。防府駅までの時間ももう読める。さすがに終電に間に合わなかったら面倒なことになるだろうとここまで急ぎ気味だったので、ここで一休み。
宮市宿に入ると古い建物がポツポツと残っていた。
種田山頭火の生家が山陽道と防府駅の間にあり、そこを見て今日は終わりと思っていたのに、分岐の看板が見当たらず通り過ぎてしまった。150メートル先を右という看板を見ていたのに、分岐にも看板あるだろうと進んでしまったのが間違いだった。終電の時間を計算して歩いていただけに、戻ると苦しくなる。仕方ないので気づいた場所から駅に直行。種田山頭火の生家は次回に立ち寄ることにする。
本日の距離 38km
山陽道の合計距離 88km