徒歩旅

Day13 岩美駅-蒲生峠-湯村温泉 25㎞

**地図**
 山陰道も残すところ200キロと少しになった。自宅からは遠いので泊まり掛けでないと歩けない。列車の時間や宿の位置などを計算すると、一気に行けば5泊6日、2度に分ければ、3泊4日x2回となりそう。2度に分けるのは時間が惜しいので、頑張って一気に行こうと決めての出発となる。
 さすがに今回は鈍行列車ではなく、特急に乗る。それでも前回終了した岩美駅到着は10時前だ。
19/04/22 09:55:30
 数分で山陰道だった辺りにある踏切に当着。踏切を渡って、右折し、すぐに左折すると水路沿いの歩きやすい道になった。そのまま進むと蒲生(がもう)川沿いの旧国道に出て、しばらく旧国道を進む。高山集落ではまだ旧道ぽい道が延びているが、ここで蒲生川を渡って国道9号に合流し、しばらく国道を進む。対岸の旧道ぽい道はずっと続いており、あっちが昔の山陰道じゃないのかなと気になってしまう。いつもなら歩き前にルートは可能な限り調べてから歩くが、今回は6日家を空けるとあって、雑務を片づけたり、途中の宿などを調べていたりで、調べる時間がなくなり、歩くルートに自信がない。時間がなかったのでインターネットで見つけた歩いた人の記録で地図のあるもの2つからルートを作っただけ。彼らが違う道を歩いていれば、仕方なしとは思うものの、出来うるならば江戸時代の道を歩きたいのだ。そう思いながら対岸を見ていると石碑と石地蔵が対岸に見えた。やっぱり向こうか・・・。
19/04/22 10:23:46
 しかし、岩井温泉手前に1000足のわらじを編み、旅人に配ったという治助の石碑と墓があり、ここ山陰道だったものと思われる。
19/04/22 10:41:20
 後で江戸時代の天保絵図や明治時代の地形図を確かめたところ、江戸時代の道は踏切辺りからまっすぐ川に向かい、そこに橋があって、山陰道は蒲生川の南を進んでいたようだ。歩いたのは基本的に明治初期に出来た国道ということになる。事前にきちんと調べていたら違う道を歩いたなという部分もあるが、仕方なし。
 街道は岩井温泉に入った。前回ここまで歩いて温泉に入り、バスで岩美駅に行こうと思っていたが時間切れだったのだ。ここまでほぼ1時間である。岩井温泉の中心にある旅館の前で予定のルートは左折し、蒲生川を渡っている。雰囲気的には山陰道は真っすぐだなと思って迷ったが、橋を渡った先にあるコンビニを過ぎるとずっと先まで食料が手に入らないので、予定通りに左折した。
19/04/22 10:48:04
 コンビニの先に岩井廃寺塔跡があり、立ち寄る。国指定史跡なのに分岐にあるのは大きな旧岩井小学校の看板。よく見たら岩井廃寺塔跡の案内が別にあったが、気が付かなくてもおかしくない目立たなさだ。そしてまっすぐ進むと旧岩井小学校跡。明治6年開校の伝統ある小学校が閉口になり地元の人が来年に何か残したいのは分かるが、どこに岩井廃寺塔跡があるのかこれでは分からない。校庭の一角に塔跡があった。ものすごく太い柱の基礎になる石だ。これはものすごい巨塔があったようだ。
19/04/22 11:06:38
 看板を見ると違和感がある。1200年前って平安時代のような記憶が・・・。スマホですぐに調べられるのが今の便利なところだ。白鳳期は645年から710年、すなわち1300年以上前だ。看板の日付の平成18年でも約1300年前と書いてしかるべき。ここはせっかくの観光資源を無にし過ぎだろう。
19/04/22 11:06:38
 旧道は時々国道と合流するもののかなり残っているので、この辺りは歩きやすい道だ。馬場の集落内に田村虎蔵顕彰碑があり、小さな公園になっている。ちょうど休みたかったので、ここのベンチでひと休み。田村虎蔵は唱歌をたくさん作曲した人だそうで、碑には花咲じじいの曲が掘られていた。ボタンを押すと音楽が流れる装置があり、4曲全部を流してみたが2曲しかしらなかった。
19/04/22 11:49:40
 蒲生集落の入口辺りに古墳の石室のようなものが木の陰にある。古墳のあった場所に木が生えてしまったようで、おもしろい。
19/04/22 12:01:40
 この辺りは土壁剥き出しの建物が多い。
19/04/22 12:07:06
 こいのぼりを見て、もうすぐ5月なんだなぁと思った。
19/04/22 12:11:20
 峠道に差し掛かる前に寺谷清水があり、ここでのどを潤し、ボトルも満タンに。
19/04/22 12:13:04
 いよいよ蒲生峠越だ。文化庁の主導で選定された歴史の道百選の一つに選ばれている道だ。廃道になっていたのを歴史の道百選選定で整備した道だが、江戸時代の道は失われており、明治時代に出来た旧国道がこの蒲生峠越とされている。
19/04/22 12:26:36
 廃道になっていたのを復活させただけあって、非常に歩きやすい広い道だ。一部には明治時代の石畳も残っているが、その上にも落ち葉が積もり歩きやすかった。
19/04/22 12:38:42
 峠手前で日本海が見えた。京から下ってくるとここが初めて日本海の見える場所となっている。
19/04/22 13:08:40
 峠が県境かつ国境になっている。鳥取県の因幡の国から、兵庫県の但馬国に入る。
19/04/22 13:32:06
 途中、ロープを使って斜面に張り付き、崖を削っている人がいた。崩壊防止のモルタルを吹き付ける準備だそう。
19/04/22 13:34:22
 峠辺りから鶯の鳴き声がすごく、感心していたら、集落に入ってマンホールの蓋に鶯がデザインされている。町の鳥が鶯なのだそうだ。
19/04/22 14:07:30
 峠を過ぎての最初の集落は木造の趣ある町並みだ。車が姫路ナンバーで、兵庫県に帰って来たなと感じる。
19/04/22 14:10:14
 16時10分、本日の目的地湯村温泉に到着だ。この先20キロほど宿がないので本日はここで終了だ。距離が短いので元気だろう考え、前から訪問したいと思っていた夢千代館に入るつもりだったが、予想外に疲れているのでパス。
19/04/22 16:10:08
 ここが本日の宿だが、入ってしまうと外に出そうにないので、チェックインの前に温泉街をもう少し歩く。
19/04/22 16:11:10
 湯村温泉の中心は熱湯で知られる源泉荒湯である。温泉宿に泊まるのだが、一応ここの足湯でひと休み。歩きすぎた時の足湯は本当に気持ち良い。
19/04/22 16:12:18
 荒湯は98度の源泉だそうで、卵などを茹でている人が大勢いる。今は筍のシーズンで旅館の人がタケノコを大量に茹でていたりもした。タケノコのあく抜きは時間がかかって燃料を食うので、これはよさそうだ。
19/04/22 16:13:34
 16時半頃ホテルに入り、一番風呂を一人でのんびり。パソコンを持って来ているので、早く着いた今日くらいは日記を書けるかと思ったが、そんな余裕はなく、夕食を済ませたらさっさと眠ってしまう。