徒歩旅

Day6 温泉津宿-出雲市多伎町小田 41㎞

**地図**
 家を出るのが遅くなったので、温泉津から歩き始めたのは前回よりも1時間近く遅い6時40分である。もう明るいがまだ街灯の付いている時間だ。3連休の中日ということもあり、温泉街の朝は意外ににぎやかである。温泉は朝の6時から営業しており、すでに湯帰りの人も多い。前回入浴したすぐ先にもう一軒の日帰り風呂である元湯がある。こちらも人気の湯なので次回はぜひこちらに入ってみたい。
18/11/24 06:46:54
 温泉街を抜けると家もすぐになくなり、少しの間さみしい場所を歩くが、その先には温泉津やきものの里がある。メインのやきもの館は早すぎて開館前だが、大きな登り窯は自由に見学できる。そして旧街道は、まさにこの登り窯の脇を登る道となっているのだ。
18/11/24 06:57:08
 登り窯の横を登りきると窯元の並ぶ地区となる。朝早くから仕事をしている人の姿もある。
 新しい車道と合流した後、何か所か左右に旧道が少し残る部分がある。最初の左側にあった道は、途中から怪しいので入らなかったところ、やはり出口は藪になっており、簡単に通れそうになかった。次の右側は、中国自然歩道と整備されているはずの道で大丈夫だと思って入ったが、一部は草が伸び放題で藪ごぎとなる。今日のルートは通れるかどうかわからない部分が多いのに、大丈夫と思っていた場所もこの状態では先行きが不安である。
18/11/24 07:11:40
 スタートして2.5キロの地点にいかにも旧道らしい分岐(下の写真右側)があった。これが銀山街道で、石見銀山から銀の積出港だった温泉津や沖泊を繋いでいた道だ。大田市は世界遺産であるこれらのポイントを繋ぐ道を整備しており、看板や案内板も建てられている。しかし、直進する旧山陰道(写真左の舗装道)には案内板の言及なし。
18/11/24 07:15:24
 そして5分も進まないうちに旧山陰道は通行止めに・・・、う回路はないし、歩行者の通行が可かどうかは分からないので、そのまま進む。
18/11/24 07:19:12
 当然車は一台も来ず、道には落ち葉が積み重なっている。30分ほど歩いたところで道が崩れていた。特に工事もしておらず、人なら余裕で、自転車やバイクでも通行できる道だ。
18/11/24 07:23:40
 峠を越え、本郷の集落で通行止めの道は終了。しかし、そこから先は地形図にもない道である。2年前に通った人の記録があったので大丈夫と考え進むとこちらも通行止めの案内が町はずれに出ていた。舗装道路だが、先ほどの道よりも落ち葉が多く、土砂が積もっている部分もある。道が崩れていたのは少なくとも3ヶ所あり、ここも工事は始まっていない。このまま朽ちる道なのだろうか。
 峠を下りきると神畑の集落で、すぐ先に山陰本線の線路がある。そのわきの旧道に入る場所に案内板があったが、ここも銀山街道(鞆ヶ浦道)の案内で、山陰道であるとの記述はなし。少し進むと山陰道と銀山街道の分岐にくる。左の山道が銀山街道で右が旧山陰道だ。
18/11/24 08:09:02
 山陰道を海まで下ったところで、歩きは一時中止。車で来ている妻にピックアップしてもらい鞆ヶ浦へ。ここも石見銀山の銀を積みだした港の一つで世界遺産となっている。
18/11/24 08:22:14
 鞆ヶ浦の見どころの一つが、鼻ぐり岩と呼ばれる船を係留する綱を通すための穴。牛の鼻ぐりに似ていることから付いた名で、今も何か所か残っている。
18/11/24 08:32:12
 往復の時間を入れて30分ほどの見学で徒歩旅再開。ここからしばらくは海沿いに広がる集落を歩く。海岸部は琴ヶ浜と呼ばれ、歩くと音がする鳴き砂で有名な観光地として知られる。
18/11/24 09:02:06
 琴ヶ浜から次の町である仁万に至る山越えの旧山陰道も地形図にない道だ。山陰道を歩いた人で歩行経路をウェブに公開している人の記録は4人分調べたが、この道は誰も歩いていない。江戸時代の山陰道をなるべくたどろうとはしているが、この区間は律令時代の古代山陰道がJR山陰本線に近いルートのようなので、抜けられないのなら古代山陰道を通ろうかなと考えていた。しかし、分岐の辺りが道路工事中で、その脇を抜けさせてもらっている時に、分岐を逃してしまった。戻りにくかったので山越えに挑戦することにする。道の初めと終わりは地形図にあるので、GPSさえあれば間違わない。そして見つけた入口が、ここ。踏み固められてはいるが、高さ1メートルくらいのところまで木の枝が張り出し、屈まないと入れない。少しは躊躇したが進むことにする。
18/11/24 09:08:04
 幸い完全な廃道ではなく、今年になって草を刈った人がいる道だ。イノシシに掘られてガタガタだが、道はほぼわかる。成長の早い笹で覆われている部分もあったが、前半は歩きやすい山道が続いた。とはいえ、途中ほんの少しの区間だけ、湿地になってしまい、道がなくなっている区間もあり、そこは本当に苦労した。峠を越えて尾根道を進んでいたところで、分岐があった。地形図にある道なら進むべき方向は分かるが、地図にない道だ。GPSの現在位置と地図に出てくる道の終点は2つの道の中間で、しばらく考えたが判断がつかない。GPSで現在位置を確認しながら進んで、違うと分かったら引き返すしかないと判断し、進んでみることにする。戻るのが辛そうな下りの道ではなく、尾根筋の道を選ぶ。5分も進まないうちに道が違っていることが分かり、引き返す。これは本当にGPSのおかげ、山で遭難する人も減るんじゃないかと真面目に思った。
 大きな満行寺に出て、山越え終了。仁万の町は土壁むき出しの家が多い。子供のころ親戚の家がこんなだったので、なんだか懐かしい感じがした。
18/11/24 09:44:18
 仁摩町宅野を越えると再び山道に入る。ここは歩きやすい道で、峠には大きな碑があった。
18/11/24 10:31:48
 赤井の集落を出たところでJRの線路を越える。しかし、越えたところに道がなく焦った。どう探しても道がない。危険の看板があるだけの場所を渡っているので、道がないと列車が来たら退避する場所もない。落ち着いてみたら、藪の中に危険の看板があった。地図の道もその看板の向いている方から来ることになっている。道が藪に埋もれてしまっているのだ。
18/11/24 10:59:06
 迂回する場所も見つからず、藪に突っ込む。途中、棘のある植物が繁殖しており、身動きが取れなくなる。数メートル進むのにどれほど苦労したことか。車道に出たところで座り込み、手や服に刺さったとげをゆっくりとって、再出発。
 さらにひと山越えて五十猛町野梅の集落に入ったところでサルの大群に出くわす。こんなにたくさんいたら畑をやっている人は大変だろう。のんびりと道を横断していたサルたちだが、こちらに気がついて半分は山に逃げ戻り、道路を渡っていた半分は田んぼの向こうで、様子見をしている。しばらく待ってみたが、向こうもこちらが通り過ぎるのを待っている様子なので先に進む。
 五十猛小学校を過ぎた辺りで、道路工事で終日通行止めの看板が出ていた。前方を見ると高速道路の工事をしている。ここもう回路がないのでそのまま進む。幸い歩行者は問題なく通れた。しかし、歩きだとダメだった場合にはどうしようもないのだから、歩行者がどうなのかも看板に出してほしいところだ。
 静間神社で妻と待ち合わせ。今回のルートは商店もほとんどないので車で来てくれたのは本当にありがたい。車で食事のできるところまで出るつもりだったが、寿司などを買ってきてくれたので、ここで昼食をとる。
18/11/24 12:17:04
 久手の町外れで街道から離れ、波根西の珪化木を見に行く。海岸まで高度差があり、疲れの来ている足で降りるのは辛かったが、遊歩道が岬の先端までつくられているのはありがたい。
18/11/24 14:31:10
 珪化木は木の化石のことだ。二千万年前、まだ人類が存在しなかった時代に火山で埋まった大木が、遊歩道の先端で海に突き刺さるように眠っている。遊歩道の手すりが陰になってしまっているのが残念だが、見応えのある巨大化石だ。
18/11/24 14:34:24
 波根を過ぎてからの山道は何でここを街道にしたのだろうという場所にある。古代山陰道があったと思われる現在の国道沿いの方がまっすぐで平らに見えるが、江戸時代の道は山の中を走っていたとされている。山の中に島根県食肉公社の大きな施設があるので、そこまでの道は立派だったが、そこからはだんだん道が細くなり、いつの間にか軽自動車も通れないような道になってしまった。日没が近づいているので妻にピックアップしてもらう場所を打ち合わせの電話をしたかったが、全然電波が入らない。山越えが終わり、集落が見えた時にはホッとした。
18/11/24 16:59:06
 この海際にある狭い島津屋集落は江戸時代に番所があった場所である。石見銀山があるがゆえに迂回の難しい狭いところを街道にし、人々の行き来をチェックしていたのか。
18/11/24 17:02:36
 島津屋からの道も山越えの道だったが、暗くなってきたので海際の新しい道を歩く。出雲平野や日御碕方面まで視界が広がったところが、石見の国と出雲の国の国境である中嶋崎である。
18/11/24 17:15:32
 一気に道を下り、田儀の町に出る。田儀駅に着く頃にはもう真っ暗で、本日の歩きを終了しようかと思ったが、電波事情の都合で連絡が遅れたので妻が来るまでにまだ少し時間がある。小田駅まで行けるかなとヘッドランプを付けて先を急ぐ。田儀駅と小田駅の中間くらいで妻より電話があり、もう近くまで来ているという。ちょうどパーキングエリア近くにいたので、本日の歩きはそこで終了。軽く夕食を食べて、近くの温泉に直行する。

 石見路は予想以上に山道ばかりで廃道も多かった。苦労はしたが、道を見つけるのが楽しくなってきて、歩いていて非常に楽しかった。数年で行けなくなりそうな道が多く、今歩いておいて良かったなというのが素直な感想である。
本日の距離 41km
山陰道の合計距離 226km